LGBT法に思うこと

 人権をめぐる重要な法律が、この間大きく動いている。私たちにとって念願だった刑法の見直し案「不同意性交等罪」は無事成立した。これは喜ばしいところ。しかし一方で、今国会は歴史に残る、ひどい世の中の始まりかも知れないとも言われており、なかなかに前途多難である。「LGBT理解増進法」と「入国管理法」の改悪についてとりわけ議論が沸騰して、連日国会周辺ではデモや集会などが連日開かれた。こうした動きもテレビのニュース報道がほとんどないため、注意していなければ今起きていることがよくわからない。ネットの断片的な情報はデマも含めて錯綜しており、どう考えればいいのか、何が本当なのか、迷うことも多いのではないだろうか。

 LGBT法をめぐって、一部のフェミニスト(自称も含め)の動きやSNS発信の内容が気に掛かりながら、センシティヴな問題であり、同じ女性を攻撃することにもつながりかねないため、発言を躊躇してきたところがある。ただここに至っては、もう黙っているわけにはいかない。女性の性被害に「女は嘘をつく」と言い放った杉田水脈氏や、ジェンダーバックラッシュの論客で宗教右派の櫻井よしこ氏らが、「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」を立ち上げて動き出し、そこに「女性スペースを守る会」などが合流している。女性たちの性暴力への恐怖心や不安を煽って、これまで女性の安全や権利にほとんど関心を持たなかった人たちが、にわかに「女性の安心・安全」をスローガンに、トランスヘイトを組織しているのである。私は、とりわけ傷ついた女性たちの感覚や感情が、彼らに利用されることが本当に許せないと思う。また、こうして女性たちが分断される構造がじわじわと作られていくことに強く憂慮する。メルマガを読む方のなかには、もしかした
ら反対意見の方もいるかも知れないと思いながら、である。だからこそ、こうした事態の時にこそ正確な情報を交換し合い、たとえ互いの意見が違ったとしても、その違いについて丁寧に対話することがとても重要だと考える。

 今国会で成立した「LGBT理解増進法」は、そもそも性的少数者のこれまでの困難や生き難さを是正するため、長く待ち望まれたものだった。「差別禁止法」ではなく「理解増進法」という名称の是非、内容についても色々問題はあるものの、ないよりはマシ、ここからがスタートだと当事者たちも受け入れたものだった。ところが6月9日の衆議院内閣府委員会で、維新、国民民主の提案を自民党・公明党が取り込んだところから、この法律の趣旨は少数者の権利擁護とは正反対のものとなってしまった。具体的には「すべての国民が安心して生活することができるよう留意」という文言が入り、曖昧で主観的な「安心できない」という声によって性的マイノリティの権利が制限されうる本末転倒なものとなった。また、学校における教育・啓発・相談体制の整備についても、「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得る」という条件が付記されて、性的マイノリティへの理解増進が、地域の反対運動などで抑制的に運用される懸念があるものとなっている。少数者の人権擁護を謳う法のなかに、「多数者への配慮」を入れるとはどういうことか。成立した理解増進法は、LGBTの存在が「国民の安心を脅かす」かのような懸念を明文化した、LGBT差別増進法だと言わざるをえない。すでに保守議員が「この法律は使える」として、自治体などに配慮の内容について質問する事態まで起きている。これから国で基本計画や指針が作られるが、その内容にもかなりな注意が必要である。

 この問題のわかりにくさは、法律制定の終盤で、奇妙な三つ巴の構造になったことにあるそもそもLGBTの存在を認めない、宗教右派や統一教会などの右からの廃案の動き。この法律を成立させたい政府自民党・公明党に加えて、維新・国民民主党の勢力。そして、最終法案があまりにひどいため、廃案を望んだ当事者団体と立憲民主・共産・社民。もっともっと議論を重ねることが必要であった、にもかかわらず数の力で押し切られての成立である。

 SNSでは不安を煽るような言説は以前からあったが、この法案成立の過程で、事態は一層深刻になっている。例えば、LGBT法ができると、「身体的には男性の人が『心は女性』と言えば女性風呂に入れるようになる。それを拒めば差別だとされるので拒否できない」などの投稿がSNS上に溢れている。

 こうした事実誤認や偏見がこの問題に日頃関係のない一般の人たちに拡がり、女性の安全がトランスジェンダーの権利擁護によって脅かされるかのような言説だけが拡散されている。この法律の存在で当事者たちの生き難さが増すとすれば、その傷つきや絶望はいかばかりかと胸が痛い。「性加害者」は単なる加害者であり、その多くは男性加害者の問題である。トランスジェンダーや性的少数者とは何の関係もない。女性の安全が十分に守られない現状こそが問題であって、社会全体の性暴力を根絶することが何より重要なことは言うまでもない。

 今から20年前、「家族破壊のジェンダーフリー」「過激な性教育」とレッテルを貼って、進み始めていたジェンダー平等への動きが圧し潰された。その後20年間、日本では遅々として女性の状況は進展せず、最近発表されたジェンダーギャップ指数は、世界146か国中125位となっている。その同じ勢力が、今またLGBTQ+の当事者を排除・抑圧するために、「女性の安心・安全」と語っている。また同じことを決して繰り返してはいけない。

 どこに正しい情報があるのか、事実を見極める目を持つこと。自分の権利を守るためにも、目の前の人の権利に敏感であること。そして、女性たちがつながってオープンに対話し続けることが、とりわけ重要だと考えている。

※ この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。