福島の子ども達に起きていること

 東京電力福島第一原発事故後、健康への影響がもっとも懸念されたのがこどもの甲状腺がんである。福島県は当時18歳以下だった子ども38万人を対象に検査を実施してきたが、今年7月までに316人が「がん」や「がん疑い」と診断され、そのうちの8割が甲状腺を摘出するなどの手術を行った。小児甲状腺がんの発症率は、100万人に1人と言われ、希少ながんである。にもかかわらず、福島では異常なほど小児甲状腺がんが増加している。
2022年1月、当時6歳から16歳だった6名(現在は7名)の若者が福島第一原子力発電所事故による放射線被曝が原因で甲状腺がんを発症したとして東京電力を相手に訴訟を起こした。原告の最年少は高校生。事故当時は、幼稚園の年長さんだった。中学生で手術を受けたものの、再発。2度目の手術では、甲状腺を全て摘出し、リンパ腺まで摘出した。裁判で読み上げた陳述書にはこう書いてあった。「原発事故のことも、検査のことも、まだ小さかったので、何が起きているのかよく分からず、覚えていることはほとんどありません。自分の考え方や性格、将来の夢も、まだはっきりしないうちに、すべてが変わってしまいました。恋愛も、結婚も、出産も、私とは縁のないものだと思っています。」
事故当時、中学一年生だった原告は、再発を繰り返し、放射線ヨウ素を服薬するアイソトープ治療を経験した。「最近また再発して、3回目の手術の話が出た。嫌な気持ちもあるけど、どちらかというと母親に迷惑かけてばかりなのが申し訳ない。私は病気になったのが、身内や友達ではなく、自分で良かったなと思っています。友達や家族が罹った方がつらいんじゃないかと思う。裁判官の皆さんに対しても、甲状腺がんになったのが、あなたのお子さんでなくて良かった。そう思います。」
華やかな将来を夢見た高校時代。憧れだった東京での一人暮らしが始まり、大学生活、バイト、友人関係と充実した日々を送っていた原告の1人は、大学1年の終わりごろ、体調に異変を感じるようになった。地元に戻り、検査を受けたのち、甲状腺乳頭がんと告知を受けた。病状説明を母親と聞いていると突然医師から「このがんは、福島原発事故との因果関係はありません。」と言われたそうだ。帰りの車の中で母親は「何がいけなかったんだろう」「もっと注意してればよかった」と繰り返していた。…母は過呼吸気味になり突然、運転できないと言い出しました。少し先にあるサービスエリアがあったので、そこで休むことにしました。車を停めて外に出ると、ふと音楽が聞こえてきました。当時、流行っていた秦基博さんの「ひまわり」でした。~どうして君が泣くの、まだ僕も泣いていないのに~そのフレーズに2人はハッと驚いて、お互いに見つめ合いました。母の目は赤く腫れていました…
甲状腺がんの手術を乗り越え、就職してからも困難は続く。甲状腺がんイコール体から放射能が出る、という理由で退職を余儀なくされた人もいた。がん患者の母親はこう話す。「(息子は)泣いたように目を腫らした状態で、「俺は汚くないよね、体から放射能なんか出ていないよね」と。放射能が息子の体から出るわけはないので、誤ったことだと思うんですけど、どこにも相談できるところはなかった。」
福島県の専門家会議は、2015年までに見つかった症例については原発事故との関連は認められないと報告した。国連の科学委員会も事故との因果関係について否定的である。差別、偏見、無理解に加えて「過剰検査論」も広がり、甲状腺がんであることを周囲に打ち明けることもできず、孤立感に苦しむ患者も多い。
原発事故によってもたらされた福島の子どもたちへの影響は計り知れない。2011年2月に生まれた息子も訳も分からずに登下校時には積算計を持ち歩いた。数年ごとに行われる甲状腺検査の時は、きっと大丈夫なはず、と祈るような思いでやり過ごしてきた。誰もはっきりとは口にしないが、いつか子どもや孫が、家族の体に影響が出るのではないかとずっと恐れている。親はあの時の行動を悔やみ、子どもは親に心配をかけたくないと口を閉ざす。語られないままの恐怖や不安は人々のトラウマをより深く大きくしていく。
311子どもの甲状腺がん裁判の原告たちは、これまでタブー視されてきた原発事故の加害性を明らかにしようとし、なぜ自分や家族がこんなにも辛い人生を送らなければいけないのかを社会に問い直している。物言えぬ雰囲気が蔓延していた福島では、10年以上経過しなければ声を上げることが出来なかった。怖くて、苦しかった思い、悲しみの記憶はそれを受け止める相手がいてこそ初めて言葉にできる。被災地が抱えるトラウマを社会全体が受け止め、共に嘆き悲しむ経験を通して心の回復は成し遂げられるのだろう。次回公判は12月6日、東京地裁にて行われる。福島の子ども達に何が起きているのかを是非多くの方に知っていただきたい。

※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。