The Personal is Political 第27回参議院議員選挙を終えて

先月の6月、フェミニストカウンセリング学会が主催する入門講座と初級講座を受ける機会があった。その中で、「フェミニズム運動とフェミニストカウンセリング」というテーマの講義があり、久しぶりにファミニズムの運動の歴史や背景にふれた。とても懐かしく新鮮な気持ちになった。そう、20年以上前、初めてフェミカンに出会った時に、教えてもらった内容だったからだ。
「The Personal is Political」(個人的なことは政治的なこと)について講師は、『個人の悩みを政治課題に昇華させる」という意味を超え、家庭内の役割分担や職場での待遇差別といった「私的」とされる問題が、実は社会全体の構造に根差している視点である』と説明した。  
20年以上前、フェミニズムを始めて知った私は、「目からうろこ」だった。「女性の役割」や「らしさ」に疑うこともなく生きてきた私に、そうではない「事実」を突き付けられ、驚きと同時に、今後変わりゆく可能性を感じたことを今もはっきりと覚えている。

 DVや性暴力の被害者支援をしていると、制度の不備に不満を感じることがある。
「こんな制度があればいいのに」「こんな社会資源があればいいのに」とか、「なぜ、被害者が逃げないといけないのか」など・・・法律や制度に不足を感じる。
でも、それでも根拠となる法律があることは救いである。改正すればよいのだから。DV防止法も2001年に成立し、その後5回の改正を経て今日に至っている。女性支援新法は、戦後1956年に成立した売春防止法の枠組みを抜本的に改め、2024年に施行したものである。少しずつだか、世の中は変わっている。
そのために(世の中が変わるために)必要な法律や制度を「かたち」にするのは政治の力である。改めて政治の重要性を感じる。

 カウンセラーとして支援の現場にいる私は、極めて個人的な問題に直面しているクライエントの回復支援に携わっている。政治や社会運動から遠い位置にいるかもしれない。でも、現場に携わってきたからこそ、「何が問題なのか」「どのようになればよいのか」がわかる。  
その意識をもって、署名運動に参加したり、プラカードをもって街頭に立ったり、現場の不備を吸い上げてくれる政治家を見極め、投票することは出来る。

 これもささやかであるが、私のフェミニズム(運動)なのだと思っている。
「The Personal is Political」なのだと思う。

※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。