性教育の「歯どめ規定」撤廃、包括的性教育の導入を

わたしの身体はわたしのもの。誰と、いつ、どんな性行動をするのかは、わたし自身が決める。2023年7月の改正刑法では、「強姦罪」のちの「強制性交等罪」が「不同意性交等罪」に名称変更され、性暴力の定義がわかりやすくなった。また、抗拒不能が8要件に整理されて、これまでより被害者に寄り添うものとなっている。では、それで性犯罪が減っているのかと言えば決してそうではなく、むしろ対象年齢の低下や、性加害の手法がどんどん複雑化している感があり、この国は一体どうなっているのかという思いを禁じえない。毎日のように性暴力事件が報道されるが、それは逮捕起訴された事件のみであり、暗数は一体どのくらいかと、暗澹たる思いになる。女性にとってはもちろんのこと、幼い女の子たちが危険に晒される、あいかわらずの日本社会なのかとため息をつく。
「性」をめぐる意識がいっこうにアップデイトされず、禁止事項がいくら増えても問題は解決しない。「性」とは、人と人との関係性の問題である。性行為は、生殖の性、親密さや触れは合いの性、快楽の性、暴力や支配の性、経済行為の性、役割の性など、多様な意味を持っている。例えふたりで同じ時間を共有していても、その目的は大きくすれ違うことがあり、そこにはジェンダー規範や男女の性のダブルスタンダードが根深くかかわっている。「性」を学ぶことは人権を学ぶことであり、自分自身の幸せや心身の健康にかかわる、誰にとっても大切な課題である。 
日本ではなぜまともな性教育が行われてこなかったのか。なぜ、SRHR(性と生殖の健康と権利)がないがしろにされてきたのか。緊急避妊薬が入手しづらく、避妊や性感染症についての情報も知識も足りず、望まない妊娠で追い詰められる女性が後を絶たないのはなぜか。今からおよそ20数年前、性教育やジェンダー教育への攻撃が激化し、それ以降、日本の性教育がたどった経緯をここで改めて振り返りたい。
2000年頃まで、日本でもジェンダー平等や性の多様性を教える、性教育に熱心に取り組まれた時代があった。徳島では、「人間と性・教育研究サークル」(性教協)の活動が盛んだったこともあり、私たちウィメンズカウンセリング徳島のスタッフも、研修に出向いたり、その活動には身近にかかわっている。
文部科学省が2001年に作成した、中学生向けの性教育副教材の「中学生のためのラブ&ボデイBOOK」が、保守系団体や一部の国会議員に問題視されて、2002年にはいったん配布されたものを回収する、異例の処分が行われた。この冊子は、正しい性の知識、思春期の心と体の変化、望まない妊娠や性感染症の防止などをわかりやすく解説したもので、現場の教師からは「科学的・健康教育として必要なものだった」という声も多く上がった。しかし結果的にこの冊子は回収・絶版となり、学校現場には「性教育はよほど慎重にしなければ大変なことになる」という印象だけが強く刻印された。
さらに、2003年7月、東京都立七生養護学校で、知的障害を持つ子どもたちに性暴力の加害者にも被害者にもならないよう教えるための性教育の実践活動を、保守派の都議会議員が新聞記者を連れて視察して、性器のついた人形など教材の写真を公開して、「過激な性教育」と一面的に報道した。その後、都教委が教材を没収し、不適切な性教育と学校を厳重注意。同年9月、管理職や教職員を含む、116名が大量処分(停職・降格・減給・厳重注意など)される事件があった。その後、原告らは裁判に踏み切り、2009年には「都議らの視察行為は不当な支配に当たる政治的介入であり、違法行為である」として、教育現場での創意工夫や裁量を尊重すべきとの判決となった。しかし、この事件の衝撃は大きく、性教育の現場は委縮し、以降は指導に対する慎重な姿勢が強まったといわれている。
東京都議会や国会のこうした動きは地方にも飛び火して、やっと進み始めていた日本の性教育は急ブレーキを踏むこととなる。自民党のなかに「過激な性教育・ジェンダーフリー教育調査PT」(座長・安倍晋三氏、事務局長・山谷えり子氏)が作られて、ジェンダー教育へのバッシングや男女共同参画施策への介入など、一連のジェンダーバックラッシュの嵐が吹き荒れた。やっと進み始めた性教育やジェンダー教育に、文字通り「歯どめ」を掛けて、必要なことを教えない状態が今も続いている。
学習指導要領の「歯どめ規定」は、1970年(昭和45年)に導入された。性教育の「歯どめ規定」とは、学習指導要領の保健分野で「児童生徒に対して性交そのものを直接扱わないこと」の文言による制限を指している。つまり、避妊や性感染症の予防、性暴力などを扱う時にも、性交の具体的説明や方法の指導はしてはならないというものである。現在の規定は、2017年告示、2021年全面実施されたものだが、1970年以来50年以上日本には「歯どめ規定」存続し、今も小、中、高のすべてにこの規定がある。
「性」そのものを不道徳なものと捉えて、教えることによって「寝た子を起こす」が禁止される理由だが、学校で学ぶ機会を奪われた子どもたちの多くは、AVで初めて性行為を学んでいるという統計がある。こっそり隠れて、男性優位の商品化された性を学んだ子どもたちは、その後も「性」は隠さねばならないもの、公には語れないものとして、必要なことが学べないままに大人になるのである。
「歯どめ規定撤廃」と同時に、「包括的性教育の導入」を求める声も強く挙がっている。包括的性教育(ユネスコ国際セクシュアリテイ教育ガイダンス)では、8つの項目について、発達段階に応じたカリキュラムが提示されている。具体的には、?人間関係 ?価値観、人権、文化、セクシュアリテイ ?ジェンダーの理解 ?暴力と安全確保 ?健康とウェルビーング(幸福)のためのスキル ?人間のからだと発達 ?セクシュアリテイと性的行動 ?性と生殖に関する健康、である。その内容は幅広く、宗教右派が活性化する今の政治状況では、議会などで意味のない議論が重ねられるのは目に見えており、今後
の性教育の実践においては、国際的なガイダンスの導入が必須といえるだろう。学習指導要領の改訂作業が、現在進められているのをご存じだろうか。2024年12月、改訂に向けて文科大臣から中教審(中央教育審議会)に諮問された。2025年1月から、答申の具体的素案の検討が進められ、8月に論点整理。10月からは教科別のワーキンググループがスタート、ここで各教科の内容がほぼ決定される。2026年8月に、教育課程部会で審議のまとめが出されてパブコメ、したがって実質の審議は今秋10月からである。2026年12月の中教審答申を事実上の最終結論として、様々な機構での手続き、移行期間を経て
、2027年の施行へと進められる。
日本社会の「性」をめぐる状況を変えることは急務であり、変えられる好機を迎えている現在、この問題に注視して、私たち自身も変化に向けた行動に共に取り組みたいと考えている。

※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。