「スーパーヴィジョンの効用」

  日本フェミニストカウンセリング(以下FC)学会の教育訓練で行われている「フェミニストカウンセラー養成上級研修A」の講師を久しぶりに務めた。グループスーパーヴィジョン(以下SV)で、ヴァイザーが2名という構造はFCならではだろうか。私はここだけで経験する。10時から17時という長丁場のグループSVは、当初思っていたよりあっという間に時が過ぎ、私にとってもたいへん気づきと学びになる機会であった。参加者の方々は地域も所属も異なり、今回提出された事例も場や回数、相談者の特徴も異なるものだった。支援の仕事は、常に最新の情報をキャッチして自己研鑽を怠らないことが必要であるが、経験の長短が相談やカウンセリングの質と比例するとは限らない。私自身は地元でFCの活動を始め、男女共同参画センターの常勤相談員を務めたことで、専門的知識と訓練の必要性を感じて大学院に進学した。そこで自身のケースを検討したり、SVを受けたり、仲間と技法や視点について議論する場を持てたりしたことで、日々の様々な相談者の苦悩と課題に共に向き合う力がついていったと感じる。客観的な視座から、少し厳しめに自身の言動、考え方、選択を批判してもらうこと、そして支持してもらうことは、支援者にとって安心の土台であり、より望ましい発展を可能にする。ベテランになるとSVを受けない人も多く、むしろ、調査によると初心者の頃からほぼSVを受けていない人も少なくないようである。「必要ない」と思えてしまう心持ちがプロとしての構えを揺らがせていることを思う。
 今回、時間とエネルギーをかけて参加されたヴァイジーの方々が、それぞれの気になり感を語ってくれて、向き合ってきた、あるいは向き合うことができなかったことを共有させてくれた。そこには私の内面にもそういう不安や恐れ、アンビバレンスがあることを思い起こさせてくれた。また、カウンセリングで出会うクライエントは、私自身と共通のテーマを抱えていることをいつも感じ、出逢う必然性を実感している。それは、ヴァイジーと相談者に共通のテーマや心情があり、ヴァイジーとヴァイザーにも同様のことがいえる点につながっていることを確認できた。ジェンダー規範という基底のうえに、まさに、映し鏡のように私たちは同じ課題を抱え持って共に生きていこうとしていることを知る。臨床心理士、公認心理師でもある私の活動は、フェミニストカウンセラーであることで、ジェンダー分析力とシスターフッド力が下支えになり、いくらか役立つ度合いが増しているのではないかと自負している。
 そんな思いを巡らせていると、わが国初の女性首相を見る目にも巾が出てきた。女性代表みたいに言われることに違和感抜群だが、トランプ大統領の隣ではしゃぐ姿に「あーあ・・・」と思う一瞬の後、バブル期の会社勤め生活での忘れていた自分自身がよみがえる。そういう思いを語る女性はけっこう多い。男性中心社会で女性は分断されてきた。「嫁」と「姑」、母と娘、「お局様」、専業主婦と働く女、フェミニズムを知った人と男性に気に入られて頑張る人(語弊あり?!)・・・。みんなその時代のその環境をなんとか自分なりによりよく生きようとしてきた同志なんだと思う。時代を逆行させようとする同志に私は何ができるだろうか。苦悩を説明するときにジェンダーという言葉が使いづらい時代には戻りたくない。彼女にはSVの機会はあるのかな?
願わくは学び続ける同志でありたい。

※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。