ドラマを観ながら考えたあれこれ…

 新型コロナウィルス感染拡大の初期の頃から、自宅で過ごすことが増え、アメリカのテレビドラマの配信を観るようになった。最近観ているのは「ER〜緊急救命室」。約30年前のドラマだ。今観ても十分面白いのだが、最近のドラマと比べると、女性や黒人の描かれ方はかなり違うと感じる。黒人以外の人種やLGBTQ(+)は、ほぼ登場しない。ドラマのなかでは、存在しない存在になっている。この30年間のアメリカ社会の変化を、ドラマを通して実感する。

 少し前まで、YouTubeにアップされる「911 LONE STAR」というドラマを観ていた。登場人物に、薬物依存症からの回復者がいる。彼は、様々な出来事を体験しながらもクリーンタイム(薬物を使用していない期間)を積み重ねていた。ところが、彼は、犯罪に巻き込まれ、夕食に薬物を混入されてしまう。彼の命は助かったけれど、薬物を体内に摂取したということになるので、彼のクリーンタイムは奪われてしまった。この出来事の後、彼は自助グループでスポンサー(自助グループのプログラムを実践し、後からくる仲間を手助けする先輩のような存在)を見つけ再びクリーンタイムを積み重ねていく。その過程で、彼は、彼とスポンサーの近しい関係性を快く思えない彼の恋人と衝突したり、自分のトラウマを思い出すような出来事を体験するが、幸いにも、それらを乗り越えて、クリーンタイムを重ねていき、恋人と婚約した。

 これらの出来事があった回のYouTubeのコメント欄には「彼が、1年のクリーンタイムを手にするのに、どれだけ大変だったか…それを奪うなんてとんでもない!」「(自助グループの)スポンサーとの関係は独特だけど、依存症者の回復には必要な関係。恋人や家族では、スポンサーの代わりになれない」等の薬物依存症者の彼の回復をサポートする、読んで心が温かくなるようなコメントがたくさん書かれていた。また、そのドラマでは、薬物依存症者の彼がアルコール飲料を飲まないことを、彼の周囲が「普通のこととして」受け止めている場面もあった。薬物依存症に関する理解が、国によって、ここまで違うのかと、しみじみ思った。薬物依存症という病気には、どの国の人でもかかるだろう。でも、その人が住んでいる国によって、社会の病気に関する理解度が違い、回復の難しさが違うのは、人権問題だと思う。

 薬物依存症に限らず、他の病気や性差や人種など様々なことに関する、社会の理解度や「ともに生きる」という受け入れ姿勢の不足は、病気からの回復を阻害したり、「女性であること」「部落の生まれであること」などの特定の属性を持つことが孤立感を深めることにつながる。つくづく「生きづらさ」は社会が作っているのだと感じる。もちろん、アメリカが素晴らしい。アメリカのようになろうと言いたいわけではない。私たちは、自分が生まれる場所を選べない。だから、国による「差」が、その国に暮らす人に「生きづらさ」をもたらすことがないような社会の在り方を、みんなで作っていくことが大切なのだと思う。

※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。