戦争トラウマの世代間連鎖 〜私たちにできることは?〜

8月15日の終戦記念日。今年は戦後81年目を迎える。
 先日、友人たちと島田陽磨監督のドキュメンタリー映画『父と家族とわたしのこと』を観に行った。本作は、戦争のトラウマが世代を超えて家族に及ぼす影響を描いた作品である。
映画はまず、帰還兵たちの過酷な実体験の証言から始まる。生き延びるために手を染めた殺戮や略奪の数々は、聞くに堪えない凄惨なものであり、そこには女性や子どもの被害者も含まれていた。敗戦を経てようやく帰国した彼ら(中には帰国できず長期抑留の末に異郷で命を落とした兵士も多数いる)が家庭に戻り、夫や父となった時、今度はその妻や子が暴力の標的となった。社会適応が困難なまま家庭内で暴力を振るい、酒に溺れる帰還兵は少なくなかったという。当然、当時はこの悲惨な現状に対する国の救済施策はなく、彼らの多くも凄惨な体験を寡黙に秘め続けた。彼らが戦争によるPTSD症状に苦しんでいたことは想像に難くない。
 しかし、この映画の根底にあるメッセージに、私はどうしても腑に落ちないものを感じた。それは、「被害者が加害者の背景を理解し、服喪追悼することが、被害者自身の回復につながる」という示唆である。
 被害者には一切の責任がない。暴力から逃れ、安心・安全が担保された環境で主体的な人生を送る権利がある。危険な存在から身を遠ざけることは、相手が親や夫であっても自由な選択として尊重されるべきだ。事実、これまでのDVや性暴力被害者支援は、「暴力の責任は加害者にある」という原則のもとで行われてきた。もし被害者のトラウマ回復に「加害者への理解」が不可欠なのだとしたら、これまで積み上げてきた支援の「肝」とピントが決定的にズレてしまう。その違和感に、胸のザワザワ感が収まらなかった。
 近年、ホロコースト生存者の子孫を対象としたDNA調査により、強いトラウマによるストレス適応が、戦争未体験の世代へも生物学的に遺伝する可能性が指摘されている。これが事実であれば、戦争の負の遺産は脈々と後世に受け継がれることになる。
それでもなお、世界中で戦争や紛争は後を絶たない。映画が残した違和感はひとまず脇に置くとしても、この時期だからこそ、戦争が「暴力の最たるもの」であることを再確認したい。私たちは常に社会へ向けて、「戦争はNO!」「暴力はNO!」と発信し続ける必要がある。

※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。