五香宮の猫が問いかけること
先日、地元のミニシアターで想田和弘監督のドキュメンタリー映画『五香宮(ごこぐう)の猫』を観てきました。私は無類の猫好きで、港町の神社で暮らす猫たちのポスターを見て「癒されたい」という気持ちだけで鑑賞したのですが、映画は単なる“かわいい猫の映画”ではありませんでした。
五香宮は岡山県瀬戸内市牛窓町にある神社で、海上安全と安産の神として信仰されています。高台から美しい海が望め、地域の方々が花を植えたり草むしりをしたりと、丁寧に管理されている場所です。いつのまにか野良猫たちが集まり、訪れる人々はキャットフードを持ってお気に入りの猫を見つけたり、餌を食べる姿に癒されています。
しかし映画は、“かわいさ”の裏側にある現実を静かに映し出します。地域ではこれ以上頭数を増やさないためにTNR(捕獲・不妊手術・元の場所に戻す)が進められ、猫たちは“生きる力”に任されて暮らしています。空腹になると海の堤防で釣り人のおこぼれを待ち、母猫はキャッチした魚を子猫のために持ち帰ります。雄猫は自分だけ満足して食べてしまう姿もあり、猫たちの生活がそのまま記録されています。
一方で、地域には高齢化が進み、コミュニティの力が弱まっている現実がありました。地域の課題を話し合う場では、餌やりが多いことで糞尿やゴミの問題が生じ、猫が“厄介者”とされてしまう場面もありました。TNRの活動をしている人が口を閉ざすしかなかった中で、一人の男性が「ゴミ問題は猫だけではなく、釣り人が捨てていくものもある」と 勇気ある発言をし、場の空気が少し救われる場面がありました。地元民でもない私まで胸が熱くなり、猫だけが責められる状況を救ってくれたように感じました。
しかし映画の終盤では、神社の映像の中で小さな鳴き声が聞こえます。それは外部から持ち込まれた子猫が捨てられた現場でした。問題は一件落着することなく続いていきます。その切なさが胸に残りました。
「猫が好きな人」「困っている人」「助けようとする人(共存を望む人)」の価値観のズレ。猫を嫌っているわけではないが困っている住民。ボランティアの葛藤。これらは簡単に埋まるものではありません。
途中、五香宮に遊びに来ていた子どもが「かわいいから猫は増えていい」と無邪気に言う場面がありましたが、“かわいい”だけでは許されない問題が積み重なっている現実があり、私自身も癒しの気持ちから一転しました。
きっとこの映画は、観る人によって受け取り方が大きく変わる作品だと思いました。
※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。

