まとまらない気持ちを抱えたまま、過ごす夏
この7月、参院選を前にTVから目を背けてしまっていた。安倍元首相への銃撃事件が起きて、マスメディアが一斉に安倍の「陽」歴史だけ映し始めたから。それは、都合の悪い事を黒塗りし続けてきた政権と、変わらないやり方だよね。
TVを見なくても、容疑者の動機が目に耳に飛び込んできた。「特定の宗教団体」に恨みがあって、そこに安倍元首相がつながっていると「思い込んで」の犯行だったと。
母の「旧統一教会」(現・世界平和統一過程連合)への果てしない献金や「身も心もすべて捧げないと地獄に堕ちる」等のマインドコントロール、父や兄の病気や自死など、容疑者の生い立ちのことを聞くにつれ、「カルト」被害のことが気になっている。
10年前のFC学会全国大会(富山)で「カルト化教会被害者支援とフェミニストカウンセリング」のワークショップが開催されて、参加したことを覚えている。井上摩耶子さんと発題者の方が、「マインドコントロール=信仰という名の虐待」として社会的に認知される
必要がある、と語っていた。越えられそうにない困難に遭遇して、宗教によって支えられている人々もいるが、「カルト」は違う。「特定の個人や思想、物事に極端な傾倒や献身を示し、倫理にもとる意識操作や強制的な説得とコントロールの戦術を用い、実害を与える…」それによって当事者が受けた呪縛や衝撃的な体験の他に、異言、トランス等々、私には想像が及ばない部分がたくさんあった。また、カルト特有の人格的ダメージがあって、時としてフローティング(カルト以前の人格とカルト人格を行ったり来たりする)や、社会生活に関する恐怖などの困難があるということについて、ほぼ初めて触れたように記憶している。
その時、社会的つながりを取り戻すために「脱会カウンセリング」があることも知った。さらにFCのアプローチとしては、脱会してからのカルトサバイバーとして「従順」の教えから自己決定権を取り戻す=エンパワーメントという視点で、ジェンダー規範強化の影響から回復をめざす。そのために言葉を獲得していく、そのプロセスを支援することがとても大切…といったことが話された。発題してくれた方に呼応して、会場からもサバイバーとしての体験発言があったことは、とても印象的だった。このワークショップで当事者の方の話を直接に聞いたことによって、記憶に強く残っているのだと思う。貴重な体験だった。
生きていく土台としての社会への信頼を激変させられ、「地獄に堕ちる」と脅され…それが解けるには、どれほどの紆余曲折があるのだろう。もちろん、10年前に比べて今はPTSDや複雑性PTSDへの理解や対処について、様々な方向から進展がある。また、カウンセリングだけでなく、伴走型の支援チーム等も必要になっていくだろうと思う
私がカウンセリングで出会うとしたら、サバイバーご本人よりも家族のほうが可能性が高いかもしれない。どれだけしっかり受け止められるだろうか。等々、とりとめもなく思い、それ以上には思考が続かない。まとまりを作っておきたい気持ちは抱えたまま、夏を過ごしそうだ。もう一歩考えを深める視点を、誰かください。
※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。