「FC学会全国大会in福岡 シンポジウム雑感」

フェミニストカウンセリング学会全国大会が福岡で開催されたのは、3度目だ。
 福岡での初回2005年はシンポジウムテーマが「近代家族幻想と児童虐待」だった。DV防止法や児童虐待防止法ができても、対策の現場ではDVの原因を個人の心理的問題や家族病理とする傾向が強く、そこにどう立ち向かうかを考えた。あれから20年以上を経て、課題はむしろ重く深くなっている印象がある。
今年5月23日のシンポジウムテーマは「女性という不自由を生きる〜支援する・されるを越えて〜」であった。ジェンダーという言葉が定着したようにみえても家父長制はゆるぎなく、傷を負う弱者。トラウマ理解に基づく支援をこれからどう広げられる?そんなことを思いながら参加した。

 シンポジストの上岡陽江さんは、2010年発行の著書「その後の不自由」(大嶋栄子さんとの共著)で、依存症を伴うトラウマ体験サバイバーの行動と思考について、当事者であり支援者である立場から、一緒に居て聴いて分かち合い続けることの大切さや、援助者自身がサポーターを持つことの必要性を書いておられた。とても力づけられたことを覚えている。
 今回の上岡さんのお話は、当事者研究分野での経験、SNSでの伴走支援、居場所感覚の変遷等々を紹介し考察された。最先端のAI活用(聴覚視覚障害の方たちにとってのメリットや注意点等)や、社会経済的な視点(経済政策の失敗と貧困問題が、女性の生命に関わっていること)まで、上岡さんのお話は広がった。壇上の彼女は時として皆にストレッチをさせ、自ら笑い出し、ピリリと突き付ける言葉もあって、「生」の上岡さんを知った。
 アーカイブ視聴を申し込んでおられる皆さん、お楽しみに!

 もう一人のシンポジスト、アジア女性センターの柿原理香子さんは、外国人女性への支援経験から、現状について話された。日本に住む外国人は15年で倍以上の412万人となり、支援の必要な女性も増えているが、言語、価値観、特性等によって、表現されにくく辛さが見えにくい。在留資格・永住権等に関して女性が知らされておらず、DVの材料になる。家父長制意識の強さや、性と生殖の知識の希薄さ等々、様々な問題が立ちはだかる。
 外国人女性の被害に対応できる団体が、地域に根付いて活動を続けていることの意義は大きい。質疑の中で、困難女性支援新法の基本方針では、外国人女性について1ヵ所しか触れられていないと語られた。私にできる行動を模索していきたい。

 最後に登壇したフェミニストカウンセラーの久保恭子さんは、静かな口調ながら、支援する側としての立脚点を「あきらめない」と語っていた。トラウマインフォームドの視点で社会構造から個人の苦しみを捉えなおすことや、支援者同士の連帯で、当事者との平場性を求め伴走していくとの内容だったと思う。「私のテーマは『祈り』でした」との久保さんの言葉は、当事者主体と考える姿勢として私は捉えた。言葉選びの魅力を感じた。

 女性であることの不自由と、各々に負った傷を抱え、それぞれが主体だ。聴いて思い至ろうとしなければ現状に加担してしまう。出会いから学べたことをもう一度かみしめながら、歩んでいきたい。
 今大会も、直接会って肩をたたき笑いあい、背中を撫でてもらい、やっぱり仲間を実感できる場だった。来年は是非、長岡でお会いしましょう。

※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。