「私の身体は私のもの」だけど
この夏、体調を崩し気味だった。なんとなく疲れていて、生あくびや空咳が続くなと思っても特に対処もせずにいて、ある日ドッと脂汗・吐き気・腹痛…医療機関で検査した。大ごとにはならなかった(多分夏バテというやつだ)が、このところ疎かにしたかもしれない身体と、身体感覚について、少し考えている。
私(たち)は、限りある命を、わが身一つで生きている。空気や水に接する極薄い皮膚の内側で、一体として存在していると思っている。私のことを私が一番わかっていると思いたい。私なりに不得手な動き方や、弱い臓器もあるが、バランスを保とうとしてきた。が、自分を把握できているというのは思い込みなのだろう。
眠りの実感や夢見や寝起きの気分、食に関すること、そして五感(視・聴・嗅・味・触の感覚)等は、自分だけが感じるものだが、その一方で、医学的な検査結果や、労働や生活維持のために動けているかどうか等、外側からの視点に支えられてもいる。
外側からの視点は、私を支えるものであると同時に、私を評価し枠決めをする。それは私の内部感覚に影響し、感情や心身状態に関わってくる。わが身は、とりもなおさずこの社会によって「設定された文化の中で、それにそって訓育され、立ち上げられ、生きていく身体※」なのだった。(※「ジェンダー化される身体」荻野美穂2002)
また、より主体的でありたい性の部分も「婦人科」医療も、客体化されている。そもそも自身の身体器官のタブー感を払拭しきれない。子ども時代に穢れ・タブーと思わされた(特に女の子にとっての)性や性器や生理の扱われ方や、受け身であるべきという枠決めは、薄れつつも貼りついている。そのことは性被害への反撃しづらさとして自分の中にもあった(9月15日のパタパタ日記で、包括的性教育の必要性、多様な側面を書かれている)。
改めて、第二波フェミニズムが「私の身体は私のもの」と主張して、見られる身体・作られる身体観から、自らの価値を再構築しようとしてきたことを思う。自分の経験としてはどうだったろうか。若かりし頃、ウーマンリブの人たちの、性の解放をめぐる発信を見聞きした。労組「婦人部」で生理休暇の学習会を開催。地域の女性たちで無認可の共同保育園立ち上げに関わり、均等法の学習会や、育休法をめぐって論議や行動をした。セクシュアル・ハラスメントについて「働くことと性差別を考える三多摩の会」が調査し、回答を書いた記憶がある。「女6500人の証言」として本が発行されたのは1991年だった。
私はフルタイム働き、結婚離婚し、カウンセリングルームに所属し…そこで身体に関するCRや、女性が働くことやハラスメント社会についてグループワーク等々の機会を得た。そこでは一人一人の言語化と支え合いによって、社会に生きる私(たち)に共通であったり個別であったりする感覚や感情を、できる限り表現して聴いてきたと思う。
そんな中で、「バランスをとって保って」いたい自分だったが、丁寧にみきれていない身体の部分が「大事にしてよ」と今、主張しているのかもしれない。過去の私と現在では、変化もある。年齢や関節手術後の身体変化や、思考や経験、周囲の人々の変化も影響しているのだろう。また、折々に安心できる場で話していきたい。
必要な人にとって開かれている、そんな場を意識して作っていけたらと思う。
など考えていたら、10月4日、「ワークライフバランスを捨てて」「馬車馬のように」働いて働いて…と自民党新総裁の高市早苗さんの決意表明! どう働こうと、彼女の身体は彼女のものなのだが。「ワーク」の場で働きすぎて死者が出ている日本。せっかく内閣府男女共同参画局の「働き方見直し」に掲げられたキャッチフレーズを、リーダーになる方がそんな風に口にする?(私はそのフレーズを好まない。賃労働の対極にライフを置いてしまうと、ライフの中の無償労働がぼやける。)
身体のこと、大事にしようよ。
※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。

