「懐かしい感覚」

 昨年から職場が変わり、車で往復2時間の通勤生活が始まった。朝日を浴びながらボーっとハンドルを握る時間も悪くないか、と思いつつ出勤している。さて、問題は冬です。何より不安だったのが雪道の運転。福島県の太平洋側の浜通り地方はほとんど雪が降らないが、新潟県に隣接する会津地方は降雪量が200cmを超える。その中間にある中通り地方は南北でも降雪量が変わるため、家を出る時は大したことないと思っても安達太良山が近づくにつれいよいよ天候が怪しくなってくる。雪化粧をまとった山が綺麗だね〜、なんてことを言っている場合じゃない。日陰の多い市街地に入るとブレーキを少し踏んだだけでABS(アンチロック・ブレーキシステム)が作動し、心拍数も上昇。ギアをlowに入れ、エンジンブレーキをきかせて長い坂道を下る。あまりの遅さで後続車を苛立たせないよう雪国の標準速度をこころがけて走行。喉はカラカラ、目の下にはクマ、肩は凝り、通勤だけでひと仕事終えたような様相に。ああ、これからは雪の予報にビクつきながら冬を過ごさなければいけないのかと気持ちは一気にブルーになる。
 子どもの頃は、夜のうちに降り積もっていく雪に心が躍り、朝起きてカーテンを開けるのがたまらなく待ち遠しかった。雪に反射した光がなんとも気持ちを高揚させ、あたり一面真っ白な雪景色に歓喜の声をあげたものだった。まだ誰も歩いていない雪に足を踏み入れる楽しさ、両手を広げて雪に埋もれる喜び。氷の張った道をスケートリンクのように滑りながら登下校した。靴下も手袋もビショビショにしながら寒さを忘れて遊んでいたあの頃が懐かしい。
 そしてついに今季最大の寒波が日本列島に到来。夜空からどんどん湧いてくる粉雪を見て翌朝の積雪を確信する。よし、こうなったら駅まで歩いて電車で行こう。車の便利さに頼ってなんとなくおっくうがっていたが、命が縮む思いをするよりはマシだ。荷物をリュックに入れ替えて帽子に手袋、スノーブーツを準備して就寝。翌朝いつもよりも早く起床すると中学生の息子もそそくさと起きだし、窓の外を見て一言「心、躍る〜!」だって。フード付きの分厚いダウンコートを引っ張り出し、替えの靴下とタオルをカバンに入れ子犬のように家を飛び出していった。
 さて、私も見てくれはさておき、防寒を最優先にパンツの裾をブーツインしていざ出発。まだ誰も歩いていない雪の中をザクザク歩き始める。降り続く雪で睫毛もコートも真っ白になっていく。電車に乗り遅れないように時々小走りしながら駅に向かっているうちに体はポカポカ、気分はウキウキ、なんだか楽しくなってきた。電車の窓からは降り積もる雪に彩られた家々や山や川が見える。国道沿いのいつもの景色が違う世界に見えてくる。電車を降りてからは「絶望の坂」と呼ばれる急な坂道を登っていく。坂を登りきると今度は急な下り坂が待っている。一歩間違えれば一気に坂の下まで滑り落ちるほどの急な斜面だ。慎重に凍結路面を避けペンギン歩行で雪道を進みなんとか無事に到着。「FOOO!!」清々しいほどの達成感に、気分は高揚、頭はスッキリ、職場の景色も輝いて見えるから不思議だ(笑)。
 大人になってからというもの、しんどい、面倒くさい、リズムが乱れるのは嫌、と変化や新たな行動を避けてきた気がする。子どもの頃のように「心躍る〜!」感覚がよみがえり、自分の中にまだこんな感覚が残っていたことに驚いた。今年はもっと行動パターンを変えてみよう、おっくうなことにもチャレンジしようと思う。帰宅後、雪山を駆け回ったと見られるずぶ濡れた泥だらけのジャージが洗濯機に放り込まれておりました。

※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。