「エッセイ:合鴨ぴいすけ物語」

 大会を目前に控えて、協会総会や分科会の準備に追われて、頭がフル回転で、もうヘトヘトな感じ。なので、難しいことはこれ以上考えたくもない。さて、何を書こうかとぼんやり考えるほどに、もうこれ以外には思いつかないという訳で、この際「鴨ばなし」を皆さんに聞いていただこうと思った次第である。

 徳島は、雄大な吉野川の三角州にあって、街なかにはあちこちに川が流れている。1階にウィメンズカウンセリング徳島の事務所がある我が家のすぐ前にも、田宮川が流れている。JR徳島駅からひと駅、住宅街とスーパー、分譲マンションなどが立ち並ぶ、よくある街なかである。徳島市内の川のほとんどは海につながっていて、田宮川も満ち引きのある汽水域だ。

 今から14年前のとある春の日、その田宮川に4羽の合鴨の群れがやってきた。合鴨は、渡り鳥とは違って、マガモとアヒルを人間が交配して作った交雑交配種の鴨である。水田にひなを放して雑草などを食べてもらう、合鴨農法で知られている。合鴨農法の後、大人になった合鴨は食べられるらしいが、それを忍びないと思った誰かが、川に放したのかも知れないと思った。

 岸からパンの欠片を投げると、近づいてきて食べるようになった。翌日も、また翌日も、彼らはやってきた。だんだん親しくなって、ふと気づくと堤防を上って玄関先までやってきて、のんびり寝ていたりするようになった。睡蓮鉢に水を入れてやると嬉しそうに飲んで、水浴びを始めた。

 ある日、玄関先に卵がひとつ、ころんと転がっていた。翌日にもまたひとつ、その翌日にも。卵は段々増えて、13個になった。さて、どうしたものか。ネットを調べると、発砲スチロールと裸電球を組み合わせて作る、手作り孵卵器の作り方があった。まあ孵ることはないだろうと半信半疑のまま、とりあえずやってみることにした。

 ネット情報によると、合鴨は28日で孵るらしい。時々卵をひっくり返して動かさないと、雛が殻に癒着することもあるらしく、廊下に置いた箱の前を通る度に卵を動かした。温度や湿度の管理も必要で、とりあえず28日だけ頑張ろうと思ったが、30日経ってもいっこうに孵る気配はなくて、次のゴミの日には処分しようと考えていた。

 8月12日は、徳島の阿波踊りの一日目。阿波踊りのグループは「連」というのだが、「吉野川連」という阿波踊りの連を、私と夫は長くやってきている。街に繰り出す日は昼間から準備が忙しく、提灯を組み立て、浴衣を着つけて、ドタバタしていた時に、廊下の箱のなかからピヨピヨというか細い声がする。見ると、13個の卵のうちのひとつに小さな穴が開いていて、鳴き声はそこから聞こえる。大変!生まれる。よりにもよって一番忙しい時になんてことだ。

 卵の穴はなかなか大きくならず、そのうちに声が途切れたり、段々小さくなる。このままでは死んでしまうと意を決して、ゆで卵の殻をむくように雛を取り出した。(後で知ったのだが、これはしてはいけないらしい。よく生きていてくれたなあと、胸をなでおろした)濡れた体をドライヤーで乾かしたが、まだぐったりしている。到底生きていないだろうなあと後ろ髪を引かれながら、ペットボトルの湯たんぽを入れて、阿波踊りに出かけた。合鴨の雛は、夜遅く帰ってきた私たちを元気な鳴き声で迎えてくれて、それから14年。ぴいすけは手のかかる家族として、私たちと一緒に生きてきた。ちなみに、この一個以外の卵は待ってみたが孵らず、その後処分している。

 鳥の大変なところは、トイレのしつけができないことで、朝と夕方は床を雑巾がけする。水鳥なので外で水浴びをさせることが必要で、朝ポットにコーヒーを入れて、ウッドデッキに座るのが毎日の習慣になった。決まった時間に外に居るのは、季節の移り変わりをダイレクトに感じる。太陽の位置が変わること、木や花の匂い、田宮川には渡り鳥もやってくるので、それも楽しみになった。

 雛の雌雄を見分けるのは至難のわざで、最初はわからなかったが、ぴいすけは女の子だった。幼鳥の間は雄も雌も同じ色で、第二次成長の時に男の子だけ青首の綺麗な鴨色に変わる。ある日、キッチンの棚の前に突然卵が出現して、そこからは無精卵を時々産むようになった。合鴨の卵は栄養価が高く、普通の卵より少し濃厚で、ケーキやプリンを焼いてよくごちそうになった。今は高齢になって、卵ももう産まない。

 野鳥ではないため、合鴨の研究はほとんどなくて、寿命がどのくらいかもよくわからない。ただすでに相当な長生きで、いつ何があってもおかしくない年齢だと、AIが教えてくれた。私がフェミニストカウンセラーになって、今年で29年目になる。その半分の歳月を一緒に暮らしてきた、合鴨ぴいすけの紹介などを大会直前に書いて、今現実逃避の状況にある、私からの巻頭言としたい。

※この記事は、学会、フェミニストカウンセラー協会、フェミニストカウンセリング・アドヴォケイタ―協会が持ち回りで投稿しています。